喜多八師匠のこと

ご案内の通り、柳家喜多八師匠がお亡くなりになりました。

ワタシは公私ともども。夫婦ともどもお世話になりました。

前座時代は楽屋でのべつお会いしましたが、 前座と真打ですし、一緒にお酒を酌み交わすとこもありませんでしたから、 特に強く印象に残ることが無かったかもしれません。 (なんだよ。その程度かよとか言われそう。笑)

あ、そうそう。師匠の口癖 「一生のお願い。~~(お茶入れて等お願いをする)」 と、のべつ言ってたなぁ。 「この師匠はよく一生のお願いする人なんだなぁ。  一生で何回お願いことするんだろうなぁ」 なんて不思議な心持ちになってました(笑)

その後二ツ目に昇進してからは、 その空白を埋める(?)ように密なお付き合いをさせて頂きました。

最初のきっかけはやはり噺のお稽古です。 ワタシは『あくび指南』『いかけ屋』『黄金の大黒』『五人廻し』『鈴ヶ森』 『だくだく』『代書屋』『もぐら泥』『やかんなめ』の9席教えて頂きました。

師匠はどんなに忙しくても、すぐに時間を作って (どうかするとお願いした当日に「これからやるか」と お稽古してくださったこともあります)教えて頂きました。

ワタシが一番最初に習った泥棒のネタは『もぐら泥』でしたが、 これをお願いした時に 「よし。いいぞ。このネタはお前合うから習いにこないかなぁと思ってたんだよ」 とニコニコしておられました。 で、「お前は泥棒顔だからイイなぁ」 なんてね、上げのお稽古の時にもニコニコして言われました。

噺の冒頭で、泥棒が穴を掘って途中で回りを見回す (誰かが居ないかどうか)シーンがあるんですが、ここで 「そこはさ、もっとゆっくり見回して顔をお客に見せるんだよ。  (で、ワタシがもう一度その仕草をして)

 もっと顔見せなよ。お前良い顔なんだから。『どうだ』って感じで見せるんだよ。  そうそう。それだよ。イイねぇ」なんてね、言って頂きました。

後日、師匠に会った時に 「この前鈴々舎(ウチの師匠)にさ、 『風車に噺教えたんですがアイツはホントに泥棒顔ですね』って言ったら 『そうなんだよ。アイツはホントにやってんじゃねぇかって思うくらいの  泥棒顔だからなぁ』なんて笑ってたよ」と、師匠もニコニコしながら言ってました。

お稽古が終わると、日高屋(好きだったんですねぇ)でラーメン食べたりして。 その後も高田馬場で深夜まで飲んだり。 お酒を飲むと結構芸論を語ってくださいました。これがとても勉強になりまして。

特に覚えてるのが 「お前はさぁ。稽古し過ぎるんだよ。ダメだよ、一生懸命稽古しちゃ」 なんて言われたことです。 あんなに稽古に貪欲な師匠がと思うワケですが、これは 「噺を固め過ぎちゃダメだよ。少し遊びが無いとダメだよ」 と言う意味なんですね。 後輩の芸もホントによく観て下さっているのがよく分かりました。

飲み屋でも「貧乏酒もう一杯ね」なんてね、よく言ってたなぁ。 で、貧乏酒とか言いながらそんなに安い酒でも無かったりして(笑) ご婦人が来るとニヤニヤして喜んでましてねぇ。 「師匠は様子も良いですからご婦人がうっちゃっておきませんよね。  やっぱり殿下ですから」なんてヨイショ(?)すると 「お約束だよ」 なんてね、ご機嫌でした(笑)

ワタシが真打になり、披露パーティーのご案内をしたところ 快く出席してくださったのも良い思い出です。 あまり披露宴に出席する師匠では無かったので。 多分、噺家のパーティーに出席されたのは ワタシの時が最後だったんじゃないかと思います。 その時もホントに喜んでくださいました…。

最後にお会いしたのは年明けすぐでした。(3日くらいかなぁ) 暮れから体調を崩されており、写真などで観ると顔色も悪く、 頬もこけておりましたので、家内が 「お見舞いに行くので」 と誘われた時に 「会うのしんどいなぁ…。そういう状態で会うのツライなぁ」 と迷いましたが、意を決して伺いましたらとてもお元気でよくお喋りもされており 「あ~。伺って良かった。大丈夫そうだ」 と、安堵したものです。 ワタシはこの日が最後になってしまったので、伺ってホントに良かった…。

最近、また具合が悪そうだとお聞きしておりましたので、 覚悟はできていたと言えばできていたのですが…。 それにしても残念です。

なにより残念なのが、弟子のろべえさんが来春真打昇進が決まっているのに 披露目に並ぶことが叶わなかったことです…。 これが同業者としてホントに寂しい…。 でも、喜多八の遺伝子を受け継ぐ立派なお弟子さんが育ちましたから そういう点では師匠も喜んでいるのかなぁなんて思いますが…。

ワタシが師匠の思い出をツイートしましたらリツートが46。いいねが73。も、 皆さんにして頂きました。 噺家もお客さんも師匠のことを色々書かれておりますし。 「お、オレ結構人気モンじゃねぇかよ」 なんて師匠ほくそ笑んでるんじゃないかなぁ。 あ、でも、師匠はまだ死んだことを認めてないかも。 「オレまだ死んでないよ。みんな勝手に殺すなよ」 なんてね(笑)

お弔いも無く寂しいですが、薮伊豆の会が終わって 助演のたこ平さんと師匠を偲んで思い出をたくさん話すことが出来たのが ちょっと嬉しかったです。 日高屋とか馬場の飲み屋とかそこで話した内容が 驚くほど一緒だったのがウケました。変化が無い??(笑) 「アニさん。師匠が生きてるのってホントにありがたいですよねぇ。  師匠って絶体死なないって思いますもんね」 なんてしみじみ言ってたのが印象に残りました。

「これから馬場に来るように。タクシー代は出す」 と、後ろがガヤガヤ喧しく聞き取りにくい電話が深夜に掛かってこないのも、 もうお稽古もして頂けないのもホントに寂しい…。 「お前。この文長過ぎるから読みにくいだろ」とか言われそう…(笑)

師匠。色々お世話になりありがとうございました。お疲れ様でした。

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