神保町シアター「生誕110年 女優 杉村春子」へ。
神保町シアター「生誕110年 女優 杉村春子」へ。 『にごりえ』『勲章』鑑賞。
『にごりえ』はご案内の通り樋口一葉・原作です。
『十三夜』『大つもごり』『にごりえ』の3作オムニバス作品で、文学座総出演。
『十三夜』は人力の俥夫役の芥川比呂志が良かったです。 この映画は芥川比呂志を観たいが為に観たと言っても過言ではありません。 落ちぶれて俥夫になっているワケですが、そんな雰囲気もよく出ておりました。でも、凛としてるんですよねぇ。落ちぶれても。 ただ、あの佇まいと落ち着いた声音・セリフ回しで「あっしが」と言うところは若干違和感が…。でも、ステキだから良いんです(笑) 実家に帰ってきたが、父親に諭されて戻る丹阿弥谷津子も「悲壮な感じ」にならない抑えた演技が良かったです。
『大つもごり』は健気な久我美子の揺れる心情に心を打たれました。 「ついつい出来心で…」ってのがね、分かるような気がします。だってね、養父母が病気で借金して返済しなきゃいけない云々てぇのは絵に描いたような感じの境遇ですから。また、奉公先の夫人役・長岡輝子が嫌味なので尚更それを思うワケで。 終盤、ドラ息子・仲谷昇の行動に喝采を送ったりしました。 大晦日に岸田今日子とか高慢な娘たちが能天気に羽根突きしたりしてる場面と久我美子が寒い台所で甲斐甲斐しく立ち働いている場面の対比で境遇の違いがより一層浮かび上がってきているのかなぁと。直接の描写はありませんが「久我美子の手はひびあかぎれが酷いんだろうなぁ」と思わせるような絵・演技でした。 と、同時に「久我美子は何が幸せなんだろうなぁ」とも思ったりして…。
『にごりえ』はこの3話の中では一番良かったです。 とにかく酌婦役の淡島千景が素晴らしい。そして美しい…。お客の山村聰を下から見つめる艶っぽい目つきにドキッとしますよねぇ。でも、嫌らしくも下卑てもいないのが凄い。 その淡島千景に入れあげたが、結局別れた(捨てられた)妻子持ちの宮口精二がまたニンに合っておりまして。宮口精二って『七人の侍』のニヒルな役も良いんですが、「ダメ人間」も良いんですよねぇ。落ち着いたダメ人間(?)が実にウマい。他の映画でもそんな役どころがありましたね。『濹東綺譚』はしつこい役だったかな。 働かない亭主を立ち直らせようと内職で生計を立て1人息子を一生懸命育ている妻役(宮口精二の)杉村春子の名演も素晴らしい。 この2人の喧嘩のシーン(結局母子が出ていく)は『子別れ・中』の参考になりました。長屋の路地を風呂敷包みを抱えた母子が寂しげにトボトボと歩いて行く。これを噺の中で浮かび上がらせたいものです。 ラストは悲しい…。
オムニバス形式なのでストーリー的には観やすかったのですが、『十三夜』から『大つもごり』に変わったところがちょっと分かりにくかったなぁ。同じ話で場面が変わっただけかと思いました。 それはそれとして、文学座の役者陣の重厚な演技を堪能しました。 この主要なメンバーが10年後に文学座を脱退し、杉村春子先生と袂を分かつという大事件が起こったことを知ると感慨深いものです。
『勲章』は俳優座の制作・総出演です。戦争に対する皮肉。悲喜劇という感じでしょうか。
とにかく小沢栄太郎(この頃は栄)が良い。元陸軍中将で再軍備活動に熱心になって回りから疎まれるという役どころですが、この「ピントが外れた困ったオッサン」がピタリとハマる。 小沢栄太郎の役どころでありがちな「憎々しい」という所は全く無いので、その辺りの匙加減は抜群なんでしょうね。 タイトル通り「勲章」を大事にしているんですが、回りから見れば何の価値もないただの飾りにしか見えず、それを粗雑に扱い怒り出す。「あ~、いかにもだなぁ」なんて思います。過去の栄光。で、終盤に切れて怒鳴りまくるシーンなんかは迫力もあり、結構長い時間なんですがセリフも流れず圧倒されました。『かんしゃく』みたい(笑)
娘役の香川京子は「清潔で嫌味の無い」という存在感でしたし、息子役の佐田啓二の少々冷めた感じもニンに合います。アルバイトで落語をしている学生というのが笑えました。学生服のまま高座でマクラを喋っているシーンもありましたが、ちょっとイイ男過ぎるなぁ、落語演るには(笑)。 その番頭(?)役の小沢昭一は絶品。
小沢栄太郎の部下だった東野英治郎も良かったのですが、それ以上に同僚だった千田是也が良かったですねぇ。役どころもあるんでしょうが、ちょっとほのぼの(?)する。配役のバランスが良いんでしょうね。 旧知の金貸し・杉村春子もメリハリの利いたセリフ回しと表情も素晴らしかった。
この映画もラストは悲しい…。
昔の新劇系の役者さんの素晴らしい演技を大いに堪能しました。 次は民藝のやつが観たい。あ、石原裕次郎の映画はそんな感じかな(笑)